島に戻った。
色々と言い訳をしながら島を出て、
言い訳をしながら戻ってきた。
そんな風にも言える。
そもそも横浜から島に来たのも、
あれこれ理由はあったけど、
あれも言い訳を上手にそれっぽく言っていただけのような気もする。
島でちゃんと色んなことが成り立つのか。
見通しの無い中で、
なんとなく戻ってしまったとも言える。
見通しも、予測もクソくらえ。
識者はそう言う。
3.11の時はナニクソと乗り越えたし、
30歳の誕生日に泥棒に入られたのだって良い思い出だ。
コロナだって、本当の所はやり続ける方法は見えていた。
けどもう心が追いつかなくなった。
言い訳発見。
俺は使う事を決めた。
そして、ちょうど1年間島を出て、
今日戻ってきて、
いつもの所で海を眺めて、
まだ続いてるな。
そう思った。
この一年で世間を知った。
俺が見てきたのは凄く狭い所の、
凄く小さな事柄だけども、
それだけでもずいぶん、
今までの価値観と言うか、
自分の思い込みみたいなモノの正体を見た気がする。
と同時に、
自分を認める材料にも出会えたような気もする。
インスタントな答えなら知っていた。
でも結局、その答えを導き出すプロセスを体験しないと、
自分の中に入ってこない。腑に落ちない。
知識と経験のギャップは大きい。
自営業の休憩期間としての会社人をしよう。
そうカッコつけて言っていた所もある。
その中で、賢く、手堅く、安全性を高く生きるならば、
会社人を無難にやっていく事こそ至高と言うことも、
やっぱりと言うか、そりゃそーだ。
と言うレベルで理解できた。
そして俺は結局のところ、
そのある種、
1番賢い生き方ができないと言う事もわかった。
そうだろうなとは思っていた。
確認した。
これは中年の危機との戦いだった。
今までの選択、
その選択の基準、
どちらも疑ってしまった。
疑ってしまったから揺らいだ。
そして止まった。
でも考えようでもある。
鬱の日々で、
抜け掛けの日々で思ったように、
人生は思いの外長い。
この先もやり続けるための小休止ならそれで良いとも言える。
言いたい。
本当はそんなの無い方がカッコいい。
でもそうなっちゃったんだからしょうがない。
カッコ悪いのを認めるしかない。
今日、一瞬夜空が明るくなるほどの流れ星が流れた。
色を変化させながら、
燃え尽きていくのがわかる程、
しっかりとした流れ星だった。
これは吉兆か、凶兆か。
そう。
もう言い古され過ぎて腐って、ネバって、
逆に美味しい納豆みたいな話だけど、
目の前の出来事を、
どう受け取るかの問題。
ただそれだけ。
なってしまった事。
やってしまった事。
過ぎた時間。
目の前の状況。
手元のカード。
次のターン。
選択。
どれも全部が自分次第。
それだけの話だ。
ポジティブにとか、
もうそんな事もどうだって良い。
ただある。
それだけ。
なっただけ。
なるだけ。
あるだけ。
いるだけ。
どうにでも解釈できる。
答えを出せば楽になるのかもしれないけど、
そうでもない時も多い。
考えてみれば、一年前、もうちょっと前、
この場所でこうやってぐるぐると考えていた。
ぐるぐると考えながら、
これ無駄だな。
と思って島を出た。
戻って最初の夜もまた、
ぐるぐると考えて眠らない。
考えるな、
感じるな。
動け。
って事かもしれない。